01女将は浅草で生まれ育ち、母は芸者だった
子どもの頃から、芸者衆のいる世界が当たり前でした。
都鳥の女将は、浅草で生まれ、浅草で育ちました。母は芸者でした。女将は、浅草の外に出たことがなかったので、子どもの頃から芸者さんの世界が当たり前だったと話しています。
三代目によると、女将の祖父は新派の役者でした。新派は、1880 年代に、歌舞伎に対する新しい芝居として生まれた演劇です。祖母は芸者ではありませんでしたが、芸事がとても好きな人でした。
浅草見番で箱屋として働いた慶さんは、女将が小学生の頃から知っています。「可愛い小学生がいた。それが芸者さんになっちゃった」と振り返っています。


