0117 世紀の後半、江戸の太平の世に芸者の文化が生まれた
最初の芸者は男の芸人で、元禄のころには宴で踊る「踊子」も江戸で目立っていました。
三代目は、芸者という文化ができたのは 1600 年代の後半、戦国の世が終わって太平になった江戸の時代だと話しています。平和になって娯楽の文化が栄え、芸が磨かれていきました。ここでいう起こりには、男の芸者や、のちの芸者のもとになった踊子も含みます。
本にも、もとの芸者は男だったと書かれています。吉原では、宴の進行を助ける男の芸人を芸者と呼びました。別の本は、宴に呼ばれて踊る女の「踊子」を芸者の前身とし、元禄 2 年(1689)には踊子を禁じるお触れが出るほど目立っていたと書いています。
女の芸人がいつから「芸者」と呼ばれたかは、本によって書き方が違います。ある本は、踊子が「芸者」と呼ばれるようになったのは明和・安永のころとしています。
芸者の起こりの年は、資料によって書き方が違います。三代目の話は男の芸者や踊子まで含めた起こりで、本は「芸者」という呼び名が女の芸人に広がった時期を書いています。ここでは両方を並べています。
