浅草 都鳥MIYAKODORI · ASAKUSA

お座敷の決まりと遊び流れと作法・お座敷遊び・聞いた話

お座敷の流れ

お座敷は料理と並んで進みます。芸者衆の踊りとお座敷遊びをはさんで、お開きになります。

  1. 1芸者衆が入るお辞儀をして入り、座ってもう一度お辞儀くわしく
  2. 2お座敷をつける料理の途中で、芸者衆が踊りを披露するくわしく
  3. 3お座敷遊び金毘羅船々・とらとら・投扇興などくわしく
  4. 4お開き芸者衆が玄関口で正座してお見送りくわしく
脇息の上の袴に手を出す芸者。金毘羅船々の最中。
金毘羅船々で遊ぶ芸者(浅草 都鳥・2026年9月)。

お座敷はどう進み、芸者衆はどんな決まりを守っているのか。金毘羅船々やとらとらなどのお座敷遊びの遊び方と、お座敷で聞いた話を、都鳥の三代目と女将の証言、花柳界の本の記述から記録しています。

11 項目 13 語 最終更新 2026-10-24

この資料室は、浅草で 1950 年から続く待合茶屋(芸者衆を呼んでお座敷遊びをする店)の都鳥が、浅草で直接聞いた話(証言)を大切にしてまとめています。人や時代によって覚え方の違う話もあり、書いてあることが必ずしも正しいとは限りません。違うところに気づいた時は、「知りたいことを送る」から教えてください。確かめて直していきます。

01お座敷の流れと決まり

↑ お座敷の流れ(図)は、このページのいちばん上にあります

01芸者衆はお辞儀をして入り、料理の途中で「お座敷をつける」

踊りを披露することを、花柳界では「お座敷をつける」と言います。

芸者衆は、お客様が席に着くとすぐにお座敷へ入ります。入る時は必ずお辞儀をし、座ってからもう一度お辞儀をして「いらっしゃいませ」と言います。三代目は、それ以上の仰々しい挨拶はしないと話しています。あくまで主役はお客様で、場を壊さないことが芸者衆にはとても大切だからです。

お座敷は料理と並んで進みます。踊りを披露することを、花柳界では「お座敷をつける」と言います。三代目によると、お座敷がつくのは椀・刺・焼のあたりが多く、入ってから 20 分ほどたった頃です。芸者衆は準備のためにいったん部屋を出て、5 分もかからずに踊りが始まります。踊りは 1 曲 3 分ほどです。

見習いも芸者衆と一緒にお辞儀をしますが、「いらっしゃいませ」とは言わず、一番最後に入ります。都鳥の女将が見習いに教えている作法です。

証言三代目 河村悠太証言都鳥の女将

02床の間に近い方が上座。物は座って渡す

芸者衆の間でも、上の人が上座に、下の人が出口に近い下座に座ります。

女将は、和室では床の間に近い方が上座、出口に近い方が下座だと話しています。上の人をなるべく上座に、一番下の人は出口に近い所に座るのが決まりで、芸者衆の間でも同じです。お姉さんに床の間の方へ行くよう言われたら、「お姉さん、高上がり失礼します」と言ってから上がります。

お座敷では、お客様にお尻を向けないこと、立ったまま物を渡さないことも教わります。お酒やビールを持ってくる時も下げる時も、座ってから渡します。女将は、立って渡すと上から目線になるからだろう、と話しています。お部屋で水割りを作る時も、少し斜めに座り、なるべく下座の方へお尻を向けます。

証言都鳥の女将

03お酌は注ぎ合う。芸者衆は勧められた時に飲む

芸者衆がお客様に注ぎ、お客様が注ぎ返すうちに、会話が始まります。

三代目は、お客様が芸者衆にお酌をするのは大歓迎だと話しています。芸者衆がお客様に注ぎ、お客様が注ぎ返す。そうして注ぎ合ううちに、自然と会話が生まれます。芸者衆の方から「私にもいただけますか」と声をかけることもあります。

芸者衆は基本的に、お客様に勧められた時にお酒を飲み、料理には手を付けません。2003 年の本にも、同じ作法が書かれています。女将は見習いに、勧められたら断らずに「ありがとうございます」と受けるよう教えています。

こうした作法を、お客様が覚えておく必要はありません。三代目は、お客様に気を遣わせないことが芸者衆の仕事だと話しています。新橋の花柳界に長く身を置いた著者も、心得た芸者たちがお客様に恥をかかせることはない、と書いています。

証言三代目 河村悠太証言都鳥の女将本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)本岩下尚史『花柳界の記憶 芸者論』(文春文庫・2009)

04お座敷の終わりは「お開き」。締め方に決まりはない

手締めをすることもあれば、そのままお開きになることもあります。

お座敷の最後は「お開き」と言います。「中締め」は宴の途中で一度締めることで、最後の呼び名ではありません。三代目は、締め方に決まった形はなく、手締めをすることも、そのままお開きになることもあり、お客様によって変わると話しています。終わりを告げるのはたいてい料理で、最後のお食事と水菓子が出ると、席は自然に締めへ向かいます。

お帰りの時、芸者衆は玄関口で正座してお辞儀をし、お見送りします。お客様が帰ったあとは、女将と芸者衆が互いにお礼を言い合います。

2003 年の本には、リーダーのお姉さんの音頭で三本締めをしてお開きになった一例が書かれています。

証言三代目 河村悠太本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)

02お座敷遊び

05金毘羅船々は、脇息の上の「袴」を取り合う遊び

お座敷遊びは、金毘羅船々から始まることが多いそうです。

三代目によると、お座敷遊びは金毘羅船々(こんぴらふねふね)から始まることが多く、いちばん人気もこの遊びです。二人の間に脇息(きょうそく)という肘掛けを置き、その上に袴(はかま)をのせます。袴はビールの瓶の下にかぶせて水滴を受けるもので、着物の袴ではありません。女将が若い頃の浅草でも、金毘羅船々には脇息を使っていました。

三味線と唄に合わせて、二人が交互に脇息へ手を出します。袴が脇息の上にある時は手のひらを開いて、相手に取られている時は握った手で打ちます。手の形を間違えた方が負けです。袴は 3 回まで続けて取れます。

唄はだんだん速くなり、最後は三味線が限界まで速くなります。まれに芸者衆に勝つお客様もいますが、芸者衆が本気を出したらまず勝てない、と三代目は話しています。2003 年の本には、著者が芸者に勝って勝ち残ろうとすると、客席から「強すぎるからだめ」と声が飛んだ話も書かれています。

証言三代目 河村悠太本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)

06とらとらは、虎・おばあさん・和藤内の三すくみ

屏風をはさんで踊り、唄の終わりにどれかの姿で飛び出します。

とらとらは、屏風をはさんで二人が立ち、唄に合わせて踊る遊びです。唄の終わりに、虎・おばあさん・和藤内(わとうない)のどれかの姿で屏風から飛び出します。虎はおばあさんに、おばあさんは和藤内に、和藤内は虎に勝ちます。

本によると、和藤内は近松門左衛門の浄瑠璃『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』の主人公です。虎を倒すほど強い英雄も、自分の母親にだけは弱かった、というわけです。

三代目によると、とらとらは基本的にお客様同士で対戦し、両脇で芸者衆が一緒に踊って教えます。いちばん笑いが起きるのは、決着の時と、あいこが 2、3 回続いた時です。体で表す遊びなので、家族連れのお子様が遊ぶことも多いそうです。

証言三代目 河村悠太本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)

07投扇興は、扇を投げて的を落とし、落ちた形で点を競う

最初は扇がほとんど当たらず、3、4 投目で当たることが多いそうです。

投扇興(とうせんきょう)は、木枕(きまくら)の上に蝶をかたどった的をのせ、決まった距離から扇を投げて当てる遊びです。落ちた的と扇の形で点が決まり、形には『源氏物語』の巻の名にちなんだ名前が付いています。本によると、江戸時代の遊戯場や酒席で流行し、今も保存振興会が伝えています。

三代目によると、扇を投げるのは 4、5 投ほどで、当たるのは 3、4 投目のことが多いそうです。芸者衆が隣で一緒に扇を持ち、構え方から教えて、手を添えます。芸者衆が 3 名以上いれば、2 名が教え役、1 名が的の近くで点数表を見て点をつけます。点数表はお客様にも配り、審判役の芸者衆が「花散里、何点」と形の名前と点数を読み上げます。

最高は 50 点ですが、三代目もまだ見たことがありません。30 点が出た時は、写真を撮る人が大勢いて、とても盛り上がったそうです。

証言三代目 河村悠太本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)

08負けたら罰杯。芸者衆が囃して、飲み干せば褒める

お酒でなくても構いません。負けるのを楽しみにするお客様もいます。

金毘羅船々やとらとらで負けた人は、小さな盃で 1 杯飲みます。これを罰杯(ばっぱい)と言います。昔からお酒で飲むものですが、お茶やソフトドリンクで合わせることもできます。

罰杯の時は、芸者衆が中心になって「それそれそれそれ」と囃します。飲み干したあとは、男性なら「お兄さんはお強い、いい男」、女性なら「お姉さんはお強い、いい女」と声をかけます。三代目によると、「負けたい」「負けるのが楽しい」と言うお客様もいるそうです。

お座敷遊びはほかにも、二組に分かれてじゃんけんをする軍師拳、太鼓をはさんで遊ぶお廻りさん、ベロベロの神様、菊の花などがあります。三代目は、どれも一緒にいる人たち同士が楽しくなるように作られている、と話しています。本によると、昔は藤八拳(とうはちけん)という拳も流行りましたが、今の都鳥のお座敷では遊びません。

証言三代目 河村悠太本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)

03お座敷で聞いた話

09女将が言う「かっこいいお客様」は、綺麗な遊びができる人

お金をたくさん使えばいいという話ではない、と女将は話しています。

女将は、お座敷でかっこいいお客様とは、「綺麗な遊び」ができる人だと話しています。遊び方がスマートで、変に色っぽくなく、お座敷のマナーをよく知っていて、それでいて気取っていない人です。お金をたくさん使えばいいという話でもないそうです。そういうお客様は、芸者衆にも好かれます。女将は、昔はそういうお客様が多くいらっしゃったと振り返ります。

2003 年の本は、昔の浅草の常連の遊び方を書いています。地元の商店主や会社の社長が自分の小遣いで遊び、長居も深酒もしませんでした。別のお座敷を抜けて来てくれた芸者に小唄を一つ唄わせて「上手くなったな」と言い、元の席に返して、女将に一言残して帰っていったそうです。

証言都鳥の女将本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)

10熱いヒレ酒が、女将の白い着物にかかった日

女将は着物を着替えてお座敷に戻り、着物代はいただかなかったそうです。

女将は、お座敷でお酒をこぼすことは結構あると話します。お客様にこぼして、自分にはかからないこともあるそうです。

昔、真冬にヒレ酒を頼まれたお客様がいました。「熱いから気をつけてね」と言われたそのヒレ酒が、女将の方へひっくり返ってきたそうです。その日に限って白い着物を着ていて、長襦袢まで全部しみてしまいました。女将は家に帰って着物から長襦袢まで着替え、お座敷に戻りました。着物代などは一切いただかなかったと話しています。

証言都鳥の女将

11節分には、芸者衆が仮装する「お化け」がある

お座敷の流れは季節で変わりませんが、2 月の節分には芸者衆が仮装をします。

三代目によると、お座敷の基本の流れは季節で変わりません。変わるのは踊りや絵、芸者衆の着物です。1 月は芸者衆が黒の引き着を着て、幇間が獅子舞などのめでたい芸を見せます。2 月の節分には、芸者衆が仮装をする「お化け」があり、浅草寺の節分の豆まきにも芸者衆が出ます。

本は、昭和 50 年代前後の浅草の節分を書いています。芸者衆は思い思いの姿に仮装し、お客様も毎年楽しみにしていました。どんな格好でもよいけれど、条件は「下品にならないこと」。上のお姉さんが思い切った仮装をすると、若い芸者もそれに続いたそうです。組合が毎年出した「乙女組」は、長老のお姉さんたちが白塗りに振袖で半玉の姿をする出し物で、大歓声で迎えられました。

証言三代目 河村悠太本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)

このページの用語

お座敷をつける
お座敷で芸者衆が踊りを披露すること。花柳界の言い方。
上座(かみざ)
床の間に近い、いちばん上の席。
下座(しもざ)
出口に近い席。いちばん下の人が座る。
高上がり(たかあがり)
お姉さんより上の席に上がること。「高上がり失礼します」と言ってから座る。
お開き(おひらき)
お座敷の終わり。締め方に決まりはない。
中締め(なかじめ)
宴の途中で一度締めること。お座敷の最後の呼び名ではない。
脇息(きょうそく)
座った時に肘をのせる肘掛け。金毘羅船々では二人の間に置く。
袴(はかま)
ビールの瓶の下にかぶせて水滴を受けるもの。金毘羅船々で取り合う。
和藤内(わとうない)
浄瑠璃『国性爺合戦』の主人公。とらとらの三つの姿の一つ。
投扇興(とうせんきょう)
扇を投げて的を落とし、落ちた形で点を競う遊び。
罰杯(ばっぱい)
お座敷遊びで負けた人が、小さな盃で飲む 1 杯。お酒でなくてもよい。
お化け(おばけ)
節分に芸者衆が仮装をして芸を見せる習い。
ヒレ酒(ひれざけ)
フグのひれを炙って熱燗に入れたお酒。

このページの出典

  • 証言:三代目 河村悠太(都鳥・2026年5〜9月)
  • 証言:都鳥の女将 取材の映像(2026年3月)・見習いに作法を教える録音(2026年10月 受領)
  • 本:浅原須美『お座敷遊び 浅草花街 芸者の粋をどう愉しむか』光文社新書、2003
  • 本:岩下尚史『花柳界の記憶 芸者論』文春文庫、2009

決まりと遊びを次の人へ

お座敷の席の順や物の渡し方は、芸者衆がお姉さんから教わり、見習いへ伝えてきたものです。金毘羅船々やとらとら、投扇興も、今のお座敷で遊ばれています。浅草の芸者衆は今も、こうした決まりと遊びを次の人へ受け継いでいます。

更新の記録 2026-10-24 11 項目で公開

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