07京都の祇園の踊りは、井上流という独特な流派
女将は、東京で広く知られる流派とは踊りがまったく違うと話しています。
京都には、祇園や先斗町(ぽんとちょう)などの花街があります。祇園の踊りは、井上流という古い流派です。
女将は、一般の方がよく知る花柳流・藤間流・尾上流とは異なる独特な流派で、踊りもまったく違うと話しています。流派ごとの違いは、女将の個人の見方です。
流派どうしの比べは、女将の個人の見方として記録しています。
証言都鳥の女将
08浅草の芸者衆の流派は、花柳流と藤間流
2003 年の本は、どちらの流派になるかは置屋によって決まると書いています。
浅草の芸者衆が習う日本舞踊の流派は、花柳流と藤間流です。2003 年の本も同じ二つを挙げ、どちらになるかは置屋によって決まると書いています。
置屋によって流派が決まるという点は本の記述で、今も同じかは確かめていません。
証言三代目 河村悠太本浅原須美『お座敷遊び』(光文社新書・2003)
09芸者と聞いて、京都の舞妓を思い浮かべる人は多い
都鳥に来るお客様にも、芸者は京都のものと思っている方が多くいます。
本は、雑誌やテレビで紹介される花柳界は、ほとんどが京都の芸妓や舞妓だと書いています。外国からの観光客だけでなく、今の日本人の多くも、芸者と聞くとまず、だらりの帯の京都の舞妓の姿を思い浮かべるそうです。三代目によると、都鳥に来るお客様にも、芸者は京都のものと思っている方が多くいます。
本の著者は、京都の姿が広く知られた理由として、花街が取材に協力的なこと、舞妓を育てることから町並みを保つことまで費用を惜しまないこと、京都市が生きた文化遺産として扱ってきたことを挙げています。祇園の井上流と NHK の長い縁もあり、「都をどり」や正月の行事は全国のニュースになってきました。
京都の姿が広く知られた理由は、本の著者の見立てです。
本岩下尚史『花柳界の記憶 芸者論』(文春文庫・2009)証言三代目 河村悠太
10江戸は粋、京都は品。女将の「勝手なイメージ」
女将自身が、自分の感じ方だと断って話しています。
東京と京都の装いの違いを話したあと、女将は、東京は江戸だから「粋な感じに装うのかな」と話しました。京都の方は、粋というより「品を良く」という向きに見えるそうです。
女将はこれを「勝手なイメージ」と言っています。比べた答えではなく、女将の感じ方として記録しています。
証言都鳥の女将