01芸者は「芸の者」。お客様の前で必ず芸を見せる
踊り・三味線・唄、そして会話も芸のうちです。
芸者という字のとおり、芸者は芸の者です。お座敷では、踊りや三味線、唄といった芸を、お客様の前で必ずと言っていいほど披露します。お客様との会話も、芸の一つです。
芸者衆には二つの役割があり、立方(たちかた)と地方(じかた)に分かれます。役割が違えば、お座敷での装いも違います。


立方たちかた
踊りを受け持つ


地方じかた
三味線と唄を受け持つ
| 項目 | 立方 | 地方 |
|---|---|---|
| 受け持つ芸 | 踊り | 三味線と唄 |
| お座敷での装い | きれいに着飾って出る | 白塗りをせず、洋髪で出る |
| 鼓・太鼓などの鳴り物 | 受け持つ | 受け持つ |
芸者とはどんな人で、お座敷では何をするのか。踊りの立方と三味線の地方、半玉と一本、幇間まで、花柳界の入口になる話を、浅草で聞いた言葉からまとめています。
10 項目 11 語 最終更新 2026-10-24
この資料室は、浅草で 1950 年から続く待合茶屋(芸者衆を呼んでお座敷遊びをする店)の都鳥が、浅草で直接聞いた話(証言)を大切にしてまとめています。人や時代によって覚え方の違う話もあり、書いてあることが必ずしも正しいとは限りません。違うところに気づいた時は、「知りたいことを送る」から教えてください。確かめて直していきます。
踊り・三味線・唄、そして会話も芸のうちです。
芸者という字のとおり、芸者は芸の者です。お座敷では、踊りや三味線、唄といった芸を、お客様の前で必ずと言っていいほど披露します。お客様との会話も、芸の一つです。
食事は付けても、付けなくても構いません。
お座敷の中心は、芸者衆の芸を観て、芸者衆と会話をしたり、お座敷遊びをしたりして楽しむことです。食事は付けることも、付けないこともできます。
お酒の席で会話をするところは似ていますが、違いは「芸」です。
「芸者とホステスは何が違うのか」は、日本のお客様からよく聞かれる質問です。お酒を楽しみながら会話をする席という点が似ているため、比べられます。
違いをひと言でいえば、芸です。芸者はお座敷で、踊りや三味線、唄を必ずと言っていいほど披露します。そのために毎週お稽古に通い、何百年も受け継がれてきた型を身につけています。この芸があるからこそ、芸者は日本の伝統文化と呼ばれています。
三味線・お囃子・踊り・唄・所作を、終わりなく稽古します。
芸者衆は、三味線、お囃子、踊り、唄、所作のお稽古に毎週通います。芸は何百年ものあいだ先人たちが磨き続け、誰もが練習できる「型」になりました。お稽古に通うことは、その積み重ねを型として受け取り、自分の身に宿していくことです。
↑ 立方と地方の見比べ(写真)は、このページのいちばん上にあります
芸者衆の役割は、大きく二つに分かれています。
お座敷で踊るのが立方、三味線を弾いて唄うのが地方です。基本はこの棲み分けですが、立方が三味線を弾くこともあります。


昔は、地方も日本髪で出ていたそうです。
踊りが中心の立方は、きれいに着飾ってお座敷に出ます。地方は白塗りをせず、「洋髪」と呼ばれる今の髪型で出ます。ずっと前は、地方も日本髪で出ていたそうです。
鳴り物には、立方と地方の線引きはありません。
鼓や太鼓などの鳴り物は、立方が受け持つことも、地方が打つこともあります。「鳴り物は地方の役」という書き方を見かけますが、浅草ではそうした線引きはありません。
三味線はすぐには弾けないため、踊りから覚える人もいます。
最初から地方を目指して芸者になる人もいれば、立方として出たあと地方に移る人もいます。話を聞いた地方の芸者は、最初の 2〜3 年は立方として出て、お稽古は両方続けながら、少しずつ地方になったそうです。三味線はすぐにできるものではないので、まず踊りを覚えたといいます。
見習いを経て、半玉か一本として芸者になります。
芸者になる人は、まず見習いとして半年から 1 年ほど修行します。見習いの間は、まだ芸者ではありません。いつデビューするかは、「お部屋のお母さん」と呼ばれる人が決めます。
デビューする時、若い人は半玉、年齢が上の人は一本として出ます。半玉は修行中の若い芸者で、振袖に花かんざしの装いです。何年か半玉を続けたあと、一人前のお姉さんである一本に変わります。この移り変わりのお披露目を「一本披露目(いっぽんひろめ)」といいます。
正式に登録された幇間が活動しているのは、今は浅草だけです。
幇間は、芸者衆を引き立て、お座敷を盛り上げる役です。「男芸者」とも呼ばれ、幇間にしかない独特の芸があります。「太鼓持ち(たいこもち)」という別の呼び名もありますが、浅草では「ほうかん」と呼びます。
正式に登録された幇間が活動しているのは、今は浅草の見番だけです。長く「日本で唯一の男性芸者」と言われてきましたが、今は女性のなり手もいて、新しい風になっています。

浅草の芸者衆は、昔に比べるとずっと少なくなりました。それでも毎週お稽古に通い、先人の型を受け継ぐ芸者衆がいて、お座敷は今も続いています。次のテーマでは、芸者衆がどこに登録し、どうやってお座敷に出るのかを記録しています。
更新の記録 2026-10-24 10 項目で公開