浅草 都鳥MIYAKODORI · ASAKUSA

はじめに芸者とは・立方と地方・半玉と一本・幇間

芸者衆の二つの役割

芸者衆には二つの役割があり、立方(たちかた)と地方(じかた)に分かれます。役割が違えば、お座敷での装いも違います。

障子の前に立つ立方の芸者。白塗りに日本髪、紫の着物で扇子を開いて構える。立方の芸者の白塗りの顔と、かんざしを挿した日本髪の寄り。

立方たちかた

踊りを受け持つ

赤い毛氈に座り、三味線を構える地方の芸者。白塗りをせず洋髪。白塗りをしない地方の芸者の顔と、洋髪の寄り。

地方じかた

三味線と唄を受け持つ

項目立方地方
受け持つ芸踊り三味線と唄
お座敷での装いきれいに着飾って出る白塗りをせず、洋髪で出る
鼓・太鼓などの鳴り物受け持つ受け持つ
写真:左=立方。この日は白塗りに日本髪、紫の着物に扇子。右=地方。白塗りをせず洋髪、手に三味線(浅草 都鳥・2026年9月)。立方が三味線を弾くこともあります。

芸者とはどんな人で、お座敷では何をするのか。踊りの立方と三味線の地方、半玉と一本、幇間まで、花柳界の入口になる話を、浅草で聞いた言葉からまとめています。

10 項目 11 語 最終更新 2026-10-24

この資料室は、浅草で 1950 年から続く待合茶屋(芸者衆を呼んでお座敷遊びをする店)の都鳥が、浅草で直接聞いた話(証言)を大切にしてまとめています。人や時代によって覚え方の違う話もあり、書いてあることが必ずしも正しいとは限りません。違うところに気づいた時は、「知りたいことを送る」から教えてください。確かめて直していきます。

01芸者とは

01芸者は「芸の者」。お客様の前で必ず芸を見せる

踊り・三味線・唄、そして会話も芸のうちです。

芸者という字のとおり、芸者は芸の者です。お座敷では、踊りや三味線、唄といった芸を、お客様の前で必ずと言っていいほど披露します。お客様との会話も、芸の一つです。

証言三代目 河村悠太

02お座敷は、芸者衆の芸を観て、会話や遊びを楽しむ席

食事は付けても、付けなくても構いません。

お座敷の中心は、芸者衆の芸を観て、芸者衆と会話をしたり、お座敷遊びをしたりして楽しむことです。食事は付けることも、付けないこともできます。

証言三代目 河村悠太

03芸者と、キャバクラや銀座のホステスは別のもの

お酒の席で会話をするところは似ていますが、違いは「芸」です。

「芸者とホステスは何が違うのか」は、日本のお客様からよく聞かれる質問です。お酒を楽しみながら会話をする席という点が似ているため、比べられます。

違いをひと言でいえば、芸です。芸者はお座敷で、踊りや三味線、唄を必ずと言っていいほど披露します。そのために毎週お稽古に通い、何百年も受け継がれてきた型を身につけています。この芸があるからこそ、芸者は日本の伝統文化と呼ばれています。

証言三代目 河村悠太

04毎週のお稽古で、先人が磨いた「型」を受け継ぐ

三味線・お囃子・踊り・唄・所作を、終わりなく稽古します。

芸者衆は、三味線、お囃子、踊り、唄、所作のお稽古に毎週通います。芸は何百年ものあいだ先人たちが磨き続け、誰もが練習できる「型」になりました。お稽古に通うことは、その積み重ねを型として受け取り、自分の身に宿していくことです。

証言三代目 河村悠太

02立方と地方

↑ 立方と地方の見比べ(写真)は、このページのいちばん上にあります

05踊りの立方(たちかた)、三味線と唄の地方(じかた)

芸者衆の役割は、大きく二つに分かれています。

お座敷で踊るのが立方、三味線を弾いて唄うのが地方です。基本はこの棲み分けですが、立方が三味線を弾くこともあります。

障子の前の赤い毛氈に座り、三味線を弾く芸者。
三味線を弾く芸者(浅草 都鳥・2026年9月)。
三味線の胴と、撥を持つ手元の寄り。
上の写真の寄り:胴と撥
証言浅草の現役の芸者(地方)証言三代目 河村悠太

06地方は白塗りをせず、「洋髪」で出る

昔は、地方も日本髪で出ていたそうです。

踊りが中心の立方は、きれいに着飾ってお座敷に出ます。地方は白塗りをせず、「洋髪」と呼ばれる今の髪型で出ます。ずっと前は、地方も日本髪で出ていたそうです。

証言浅草の現役の芸者(地方)

07鼓や太鼓などの鳴り物は、立方も地方も受け持つ

鳴り物には、立方と地方の線引きはありません。

鼓や太鼓などの鳴り物は、立方が受け持つことも、地方が打つこともあります。「鳴り物は地方の役」という書き方を見かけますが、浅草ではそうした線引きはありません。

証言三代目 河村悠太

08最初から地方を目指す人も、立方から地方になる人もいる

三味線はすぐには弾けないため、踊りから覚える人もいます。

最初から地方を目指して芸者になる人もいれば、立方として出たあと地方に移る人もいます。話を聞いた地方の芸者は、最初の 2〜3 年は立方として出て、お稽古は両方続けながら、少しずつ地方になったそうです。三味線はすぐにできるものではないので、まず踊りを覚えたといいます。

証言浅草の現役の芸者(地方)

03半玉・一本と幇間

09半玉(はんぎょく)も一本(いっぽん)も芸者

見習いを経て、半玉か一本として芸者になります。

芸者になる人は、まず見習いとして半年から 1 年ほど修行します。見習いの間は、まだ芸者ではありません。いつデビューするかは、「お部屋のお母さん」と呼ばれる人が決めます。

デビューする時、若い人は半玉、年齢が上の人は一本として出ます。半玉は修行中の若い芸者で、振袖に花かんざしの装いです。何年か半玉を続けたあと、一人前のお姉さんである一本に変わります。この移り変わりのお披露目を「一本披露目(いっぽんひろめ)」といいます。

証言三代目 河村悠太

10幇間(ほうかん)は、お座敷を盛り上げる「男芸者」

正式に登録された幇間が活動しているのは、今は浅草だけです。

幇間は、芸者衆を引き立て、お座敷を盛り上げる役です。「男芸者」とも呼ばれ、幇間にしかない独特の芸があります。「太鼓持ち(たいこもち)」という別の呼び名もありますが、浅草では「ほうかん」と呼びます。

正式に登録された幇間が活動しているのは、今は浅草の見番だけです。長く「日本で唯一の男性芸者」と言われてきましたが、今は女性のなり手もいて、新しい風になっています。

番傘を後ろ手に持ち、片足で跳ぶように踊る幇間。
番傘を使った幇間の芸(舞台)。
証言三代目 河村悠太

このページの用語

花街(かがい)
芸者衆が活動する町。浅草の芸者衆や女将は「かがい」と読む。
花柳界(かりゅうかい)
芸者衆と、そのまわりの世界全体。
お稽古(おけいこ)
三味線・お囃子・踊り・唄・所作を、師匠について習うこと。芸者衆は毎週通う。
立方(たちかた)
お座敷で踊りを受け持つ芸者。
地方(じかた)
三味線と唄を受け持つ芸者。
洋髪(ようはつ)
日本髪ではない、今の髪型。地方はこの髪型でお座敷に出る。
鳴り物(なりもの)
鼓や太鼓などの楽器。
見習い(みならい)
芸者になる前の修行の期間。半年から 1 年ほど。
半玉(はんぎょく)
修行中の若い芸者。振袖に花かんざしの装い。
一本(いっぽん)
一人前の芸者。半玉から何年かして一本に変わる。
幇間(ほうかん)
芸者衆を引き立て、お座敷を盛り上げる役。男芸者・太鼓持ちとも呼ばれる。

このページの出典

  • 証言:三代目 河村悠太(都鳥・2026年6〜10月)
  • 証言:浅草の現役の芸者(地方)取材の映像(2026年4月 受領)

芸を受け継ぐ人がいる

浅草の芸者衆は、昔に比べるとずっと少なくなりました。それでも毎週お稽古に通い、先人の型を受け継ぐ芸者衆がいて、お座敷は今も続いています。次のテーマでは、芸者衆がどこに登録し、どうやってお座敷に出るのかを記録しています。

更新の記録 2026-10-24 10 項目で公開

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